大戸屋のお家騒動を村上春樹風にまとめてみる
画像:大戸屋金沢
はじめに:大戸屋ホールディングスがお家騒動に関する、第三者委員会の凄まじい報告書を提出しました。雪国まいたけ、大塚家具どころの騒ぎじゃないです。報告書の方も内容をまとめきれずに、物語風になっているあたりも最高です。渦中にいるのは創業者の息子・三森智仁氏(27歳)。報告書の内容を一部村上春樹風にアレンジすると、何だか三森智仁氏の心境にぴったりな気がします。なので、一部を取り出してリライトしてみました。ちなみに報告書の中で、三森智仁氏の「僕はこうしたい!」という意思らしいものは見当たりません(そのあたりも村上文学によく合う)。
お家騒動の簡単な経緯:大戸屋ホールディングスは、三森久美氏が一息に育て上げました。定食屋を、女性も気軽に入れる雰囲気にして大成功を収めたのです。町の定食屋はまたたく間に上場企業へと変貌を遂げました。久美氏は息子の智仁氏を次期社長にと望んでいましたが、なにしろ20代と若い。そこで三菱信託銀行に勤めさせた後、大戸屋の社員として招き入れることにしたのです。そんな中、社長に抜擢したのが窪田健一氏。甥っ子です。窪田社長は、会社を久美氏の影響力から解き放ち、海外展開など新たなビジネス構築を目指しました。運命の日は2015年7月27日にやってきました。三森久美氏が肺がんにより急逝したのです。創業者一家は窪田氏を「会社の乗っ取りだ」と罵り、息子の智仁氏を社長にしようと画策するのでした……。
「やれやれ」
画像:ANA WALLS
■衝撃の内容①:度重なる三森智仁氏の経営会議欠席
報告書21ページにこんな記述があります。
「智仁氏は、経営会議にもほとんど出席をしていない。取締役会には一応出ていたが、取締役としては如何なものかという状態」
おいおい、跡継ぎ候補の取締役(息子)が経営会議に出ないのかよ。というツッコミが入りそうですが、村上春樹風にすると洒落た雰囲気が出るから不思議。
▼村上春樹訳
僕はシルクスクリーンに絵の具を垂らしたような夕陽を見ながら、南極のペンギンが氷の上で寝転ぶ姿を想像していた。そのとき僕の意識は、目の前に広がる海辺を漂っていたのかもしれないし、遠く氷の世界に閉じ込められていたのかもしれない。一つだけ確かなことは、その日の経営会議にはいなかったことだ。
「会社では大事な立場にいるのに?」
ミミはたずねた。それはサンドイッチにタマネギが入っていないことを、たしなめるような言い方だった。
「確かに」
僕は指をパチンと鳴らして答えた。
「僕は資本主義社会における雪かきに参加しなかった。そこに僕という存在が本当に必要なのかどうか、確信が持てなかったからだ」
「資本主義的雪かきに?」
「そう。アルバート・アイラーのレコードに針を落とすとき、一瞬の迷いが生じるのと同じ心境と言い換えられるかもしれない」
画像:冠婚葬祭研究所
■衝撃の内容②:骨壷事件
報告書13ページの内容は衝撃的です。
「27年9月初旬に三枝子夫人が突然に大戸屋を訪れ、社長室の机上に久実氏の遺骨を置き、窪田氏に対し、『主人があなたを見ている。窪田、社長を辞めなさい。そして、智仁を社長にしなさい』と迫った」
創業者一族が遺灰を会社に持ち込んで、社長交代を迫るという暴挙に。中上健次もびっくりの家族の愛憎劇ですね。これを村上春樹風にアレンジすると……。
▼村上春樹訳
あれは西武ライオンズの森友哉が、オールスターで初のホームランを打った年だったと思う。僕と三枝子は痛みを伴う激しいセックスの後、マセラッティで会社へと向った。車中、僕は羊が群をなしたような雲を見ながら、朝方の雨を予感していた。
三枝子は、社長室の中心にあったマホガニー製の机に骨壷を置いた。むきたてのグレープフルーツのような色のその壷を、窪田はまじまじと見つめていた。世界の秘密がその中に隠されているかのように。
僕はひどく居心地が悪い思いをしながら、代々木公園で拾ったクルミをポケットの中でぎゅっと握りしめていた。
「あなたはヒエラルキーを形成するタイプじゃないわ」
三枝子は言った。知識豊富な図書館司書が、ドストエフスキーの小説を抱えた少年にその難しさを伝えるような言い方だった。
「君たちが、首を突っ込む問題じゃない」
窪田は突っぱねた。
「この壷を見なさい。ここにいるのが、本当に私と彼だけだと言い切れる?」
長い夜になりそうだった。やれやれ。
画像:ぐるなび
■衝撃の内容③:寿司屋5時間激詰め事件
7ページ目もまたすごい。
久実氏は、ふざけるなと。激怒どころでなかった。濱田寛明専務も窪田社長も皆怒鳴り散らされた。寿司屋で5時間。
久美氏は功労金をよこせと経営陣に迫りました。5億円もの功労金を支払うなど株主に説明できないと、要求をとりさげようとしたのです。
▼村上春樹訳
「あれは傑作だった」
僕は行きつけのバーでカティ・サークを飲んでいた。店の中はビル・エヴァンスが演奏する「いつか王子様が」が流れていて、僕はパスタの茹で加減が絶妙だったときのように、少しだけ気分が良かった。だから柄にもなく、あんな昔話をしたのだと思う。隣には大学時代の同級生、ネズミ男が座っていた。
「ヒサミは自分という存在を、何とか周りに認めさせようとしていたんだ」
「自分の存在を?」
「自分自身の地殻に閉じ込められた、一種の流れを感じていた」
「おいおい、そいつはひどく分かりにくい」
ネズミ男はそう言って、ブラジルから輸入されたナッツを奥歯で噛んだ。僕はネズミ男がイライラしていることに気づきながらも、遠回しな言い方を続けていた。
「つまりマグマさ。ヒサミは怒りという手段でしか、自分を表現できなかった」
「50代の男がすることじゃない」
「その通り。投資銀行のトレーダーが億単位の資金を失っても、あんな怒り方はそうしない。それも分が悪いことに、ヒサミがいたのは銀座の寿司屋だった。隣の席ではドイツの老夫婦がコハダを食べていたんだ」
「コハダだって?」
「ボツワナで採れたプラチナの原石のように光っていたよ。彼らはいたたまれない顔をしながら、コハダを残して店を出ようとしたんだ」
ネズミ男は話の続きを待っていた。
「僕は言ったんだ。アウフ・ヴィーダーゼン」
「アウフ・ヴィーダーゼン」
なんのこっちゃという感じですが、興味深い内容ですので報告書をぜひご一読ください。